「寒造り」について(2002年2月号)

宮下酒造株式会社
社長 宮下 附一竜

 寒さの最も厳しい季節ですが、皆さまお元気でご活躍のこととお慶び申し上げます。

 さて、この一番寒い時が「吟醸造り」の最盛期となります。 気温の低い厳冬に醸造することによって酒質のすぐれた清酒ができるといわれ、現在では全国で「寒造り」が行われています。弊社でも杜氏をはじめ、蔵人、酒造りを勉強している若い社員によって、品評会に出品する大吟醸酒が懸命に醸造されています。 蔵の中は緊張感でピリピリしています。 彼らの熱意によってすばらしい酒が誕生することを祈っています。

 ところで、「寒造り」が日本において定着したのは江戸時代です。十一代将軍・家斉の治世の寛政十年(1798年)に、幕府が秋の彼岸以前の酒造りを全面的に禁止したことに始まります。そして、この酒造統制は江戸時代を通じて変えられませんでした。

 なぜ、徳川幕府は「寒造り」を命じたのでしょうか。それは、徳川幕府の米価政策に関係があります。 秋の彼岸前に大量に米を使用する酒を造ることは、米の収穫前の米価に影響を与え、米価を不安定なものにするため米の端境期の酒造りは禁止されることになったのです。

 結果として、この「寒造り」は酒造りに大きな影響を及ぼすことになりました。酒造りが十一月頃から翌年の三月頃までの「寒」の期間に行われるようになったため、酒造の労働力を農閑期の農民の出稼ぎにたよるようになり、ここに「杜氏」という酒造職人が誕生することになったからです。

 今日まで、この農閑期の出稼ぎ労働力に依存してきた日本の酒造りも大きく変わろうとしています。「杜氏」という酒造職人から、年間雇用される社員に酒造りの技術が継承されようとしているからです。

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