酒は悪者か(2010年3月号)
宮下酒造株式会社
社長 宮下附一竜
先日、ジュネーブに本部のあるWTO(世界保健機関)でアルコールの規制を強化しようという議論が高まっていることが新聞に書かれていました。
飲酒運転や未成年者飲酒の問題、アルコール依存症など健康被害が強調され、酒が悪者であるかのような風潮が高まりつつあるように見えます。
ここで、思い出されるのがアメリカで1920年から実施された禁酒法のことです。酒の製造、販売、運搬などを禁止した禁酒法は、アメリカの酒産業に甚大な被害をもたらしましたが、一方、酒を無くすれば、世の中の秩序を回復することができるという期待はむなしく潰えました。 むしろ、密造酒や外国からの輸入酒が出回り、それを扱って暴利をむさぼるギャングがのさばり、それを取り締まるのに膨大な費用がかかったため、「高貴な実験」と呼ばれた禁酒法は1933年に廃止されました。
酒を悪者にして、この世の中から無くしようとしても問題の解決にならないことは、アメリカの禁酒法の失敗をみても明らかです。
私は、酒は悪者などではなく、文化的な飲み物だと考えています。近年になって、酒がたやすく手に入り、安く売られるようになり、消費者にとっては悪いことではないように見えますが、致酔飲料である酒をあまり気軽に取り扱うと、事件や事故、トラブルの原因になります。酒は文化な飲み物であり、節度をもって酒に接することの大切さがもっと強調されなくてはなりません。
古代より、日本酒は神に捧げる酒、「御神酒」であり、「百薬の長」として薬としても扱われてきました。また、嬉しい時、悲しい時、いつでも酒が人々の気持ちをやわらげ、社会の習慣行事の中で重要な役割を果たしてきました。そこには、根底にお酒に対する畏敬の念があり、日本人の酒として規律ある酒文化が存在していたといえるのではないでしょうか。
今、私が危惧することは、酒を悪者として非難することによって、酒の文化性が失われていくことです。