清酒業界におけるターンアラウンド戦略（2006年7月号）
宮下酒造株式会社
社長 宮下附一竜
１．はじめに
酒税制度の改正も行われ、清酒の需要も下げ止まる様子をみせる今日の次なる課題は、日本酒業界の再生を図るための長期戦略の構築にあると思う。そのためのたたき台として私の考えを提案してみたい。
２．まず、清酒業界の現状をどう考えるか
- 清酒の需要は長期低落傾向にあり、極めて深刻な状況にあるが、製造業者の廃業数は毎年約４０社程度で、業界としてはソフトランデングといえるのではないか。
- 平成１５年度製成数量１０００KL以下の１,３３２社のうち、欠損及び低収益の企業は８１４社で、約６１％である。残りの黒字企業においても租特法８７条の適用によって救われており、租特法が業界の安定に大いに寄与していると考えられる。
- 原料米においては、一般米においては１０年間で約２０％価格が低下しており、加工用米制度とともにコスト低減に寄与している。
- 資金問題においては、代位弁済の増加という不安材料が懸念されているとはいえ、信用保証事業によって業界の安定化が図られてきたといえる。
- このように、業界は長期低落傾向にもかかわらず、(1)租特法８７条による減税 (2)原料米価格の低下 (3)信用保証事業という大きな三つの柱によって、大混乱もなく、何とか安定を維持してきたといえるのではないか。
- 以上の点において中央会の果してきた役割は評価されなくてはならない。問題は、「今日において業界の安定がいかに大事であるか」、「その安定を維持することの必要性を業界全体の共通の認識として今後とも持てるかどうか」ということである。
- 次にこの提案の理論背景にある、ターンアラウンド戦略について簡単に述べてみたい。
３．ターンアラウンド戦略について
- ターンアラウンドの定義
ターンアラウンドとは、向きを変えて（turn）、回る（around）ことであ り、今までの位置からほぼ反対側の別の位置へ大きく動くことをいう。 ターンアラウンド状況とは、「短期的に何らかの措置を取らない限り近い 将来破綻することが明らかな危機的状況」とし、ターンアラウンドを「そ こから脱し企業が競争優位を確保し持続的な再生を果すこと」とする。 - 成長戦略との違い
ターンアラウンド状況を収益の観点からみると、数年間にわたって低収 益が続き、最終的には赤字に転落し、キャッシュが回らなくなっている 状況をさしている。従って、業績がまだ悪くない時に更なる成長を目的 に実施される成長戦略とは相違する。成長戦略では業績の改善を中期的 に達成さることを目指すが、ターンアラウンド戦略では企業の維持を早 急に確保しなければならない。成長戦略では範囲が限定的である一方、 ターンアラウンド戦略では資産圧縮や不採算事業の中止など経営全般に 範囲が及ぶ。ターンアラウンド戦略及び成長戦略を図表１で表した。
- ターンアラウンド戦略のプロセス
ターンアラウンド戦略は縮小戦略と復帰戦略からなっている。Robbins ＆PearceⅡのターンアラウンド・プロセスを図表２でみると、内部要因 と外部要因から企業の状況が判断されている。その状況の厳しさによつ てコスト削減もしくは資産削減が選択される。この縮小段階での最大の 目的は業績の安定である。業績が安定化すれば次の段階に移ることにな る。縮小段階に続くものが復帰段階である。縮小戦略は現状以上の健全 度の悪化をくいとめることを目的とした戦略となる。復帰戦略は新製品 開発等により企業の健全度を向上、復帰させるための戦略である。
４．清酒業界におけるターンアラウンド戦略
- 業界危機の安定化
清酒業界がターンアラウンド状況にあるとすれば、業界危機の安定化こそ最も優先されなければならない課題である。業界において現在実施されている安定化策を業界戦略と再認識し、ターンアラウンド状況を脱するまで継続しなくてはならない。 - 低価格競争からの脱却
価格訴求により販売数量を伸ばそうという競争戦略は、更なる安売り競争を招き、企業間の体力の消耗戦へと進んでいく。顧客の求めているものは、商品・サービスにおける利便性、快適性や感動であり、価格は顧客満足の一要素でしかない。メーカー、販売店、消費者が喜びを共有できるような「創造的な経営」がない限り、持続的な発展は望めない。 - 縮小戦略から復帰戦略への転換
需要の長期低落傾向が続き、ターンアラウンド状況にある今日において、復帰戦略への転換時期は、明確には想定できない。しかし、今後３年で縮小段階を終わり、安定期から３年で復帰段階を終わるという見通しで図表３を作成した。
